親方、今月のやってこ度|10月編
こんばんは。みなさん、今日もやってきましたか?
10月の親方は二拠点生活の傍ら3回の地方出張で計7県を回ったということで、引き続きやりすぎているようです。
さて、今日はやってこ諸兄に便利な階級表を紹介します。
やってこ階級 | 人の体感・行動 | 屋内の状況 | 屋外の状況 |
---|---|---|---|
0 | 人はやってこを感じない。 | ||
1 | 屋内で静かにしている人の中には、やってこをわずかに感じる人がいる。 | ||
2 | 屋内で静かにしている人の大半が、やってこを感じる。眠っている人の中には、目を覚ます人もいる。 | 電灯などのつり下げ物が、わずかに揺れる。 | |
3 | 屋内にいる人のほとんどが、やってこを感じる。歩いている人の中には、やってこを感じる人もいる。眠っている人の大半が、目を覚ます。 | 棚にある食器類が音を立てることがある。 | 電線が少し揺れる。 |
4 | ほとんどの人が驚く。歩いている人のほとんどが、やってこを感じる。眠っている人のほとんどが、目を覚ます。 | 電灯などのつり下げ物は大きく揺れ、棚にある食器類は音を立てる。座りの悪い置物が、倒れることがある。 | 電線が大きく揺れる。自動車を運転していて、やってこに気付く人がいる。 |
5弱 | 大半の人が、恐怖を覚え、物につかまりたいと感じる。 | 電灯などのつり下げ物は激しく揺れ、棚にある食器類、書棚の本が落ちることがある。座りの悪い置物の大半が倒れる。固定していない家具が移動することがあり、不安定なものは倒れることがある。 | まれに窓ガラスが割れて落ちることがある。電柱が揺れるのがわかる。道路に被害が生じることがある。 |
5強 | 大半の人が、物につかまらないと歩くことが難しいなど、行動に支障を感じる。 | 棚にある食器類や書棚の本で、落ちるものが多くなる。テレビが台から落ちることがある。固定していない家具が倒れることがある。 | 窓ガラスが割れて落ちることがある。補強されていないブロック塀が崩れることがある。据付けが不十分な自動販売機が倒れることがある。自動車の運転が困難となり、停止する車もある。 |
6弱 | 立っていることが困難になる。 | 固定していない家具の大半が移動し、倒れるものもある。ドアが開かなくなることがある。 | 壁のタイルや窓ガラスが破損、落下することがある。 |
6強 | 立っていることができず、はわないと動くことができない。揺れにほんろうされ、動くこともできず、飛ばされることもある。 | 固定していない家具のほとんどが移動し、倒れるものが多くなる。 | <壁のタイルや窓ガラスが破損、落下する建物が多くなる。補強されていないブロック塀のほとんどが崩れる。 |
7 | 立っていることができず、はわないと動くことができない。揺れにほんろうされ、動くこともできず、飛ばされることもある。 | 固定していない家具のほとんどが移動したり倒れたりし、飛ぶこともある。 | 壁のタイルや窓ガラスが破損、落下する建物がさらに多くなる。補強されているブロック塀も破損するものがある。 |
出典:気象庁HPより
10月の親方のやってこ度は「5弱」でした。
11月は出張しないと言いつつも地方取材が決まった模様で、胃腸も荒れ模様のよう。引き続きのやってこが予想されます。
やってこの諸兄も、どうかやりすぎにはご注意ください。そして柿次郎さん、やりすぎないで。
親方と夏休み
親方が8月、夏休みをとることになった。
なにせ、側から見ていて泳ぐのを止めると死ぬマグロのような動きをしていた。もともと生存戦略として「次の一手」を常に考え続ける人だと思うのだが、特に「やってこ」という概念と出会ってしまった今年に入ってからは猛烈に見えた。ただ、ここで思い切って休みの一手を選ぶ客観性は編集者なのだなと思う。
親方というのは柿次郎さんのことだが、一緒に働き始めてからしばらくして「師匠」ではなく「親方」と呼ぶようになった。実際に呼ぶ際は「柿次郎さん」か「柿さん」なので、あくまで心の中で、である。
「師匠」と「親方」という2語に自分のなかで線引きはあって、師匠に対しては教えを乞う姿勢が強く、親方に対する弟子のほうが、仕事面で一人前の働きをしなければならない。あくまで自立した個として向き合うかどうか。これはいち編集者として誘ってもらった以上、甘えないための線引きと言ってもいい。
とはいえ、タテの関係には変わりがない。「親方」は「師匠」に比べるとややナナメ寄りではあるが、やっぱりタテはタテだ。
そして実は、この「タテの人」への憧れを小さい頃から持っていた。きっかけは、おそらく作家の椎名誠さんだ。
「最近、若者が自分を慕ってやってくる。尊敬する年上の人間を求めて来ているのはわかるが、自分はそんな存在ではない。自分のサラリーマン時代を振り返っても、同じような憧れはあったが、結局、尊敬に足るタテの人には出会わなかった」
こんな風な内容を、とあるエッセイで椎名さんが書いていた。あやしい探検隊や東ケト会などで「シーナ軍団」を率いる、いかにも「頼れるアニキ」の椎名さんがそんな風に書いていることが、10代前半の一人っ子で部活も会社も何も知らない自分には不思議に思われた。
しかし時は経ち、2年前までの自分も気づけばそうなっていた。前職の上司は師匠でも親方でもなく、あくまで「上司」だった。同じサラリーマンでも関係構築のうまい人なら師匠なり親方を作れるのだろう。それが自分にはできなかった。ぼんやりとした憧れは消えず、諦めが勝り始めていた。
だが、タテの人間が27歳にして突然、降ってきた。それが2年前、柿次郎さんとの出会いだった。
ここまで人生に干渉してくる人はいなかった。
なにせ名前を変えられ本名で呼ぶのは妻くらいになり、深夜2時過ぎの居酒屋で人間性のところまで説教されたことも数え切れない。24時を過ぎたあたりから目つきが胡乱に変わり、「詰め次郎」になった現場に居合わせた人に心配されることもあったが、どういうわけか、これが不思議と袂を別ちたいとはならなかった。
その理由をよく考えるのだが、ひとつは「そこまで人生に干渉してくる」からこそだと思う。そう、 やはりつまるところは「やりすぎ」な親方への興味なのだ。
柿次郎さんの奥底には常にある炎が燃えていて、それを内燃機関に走り続けている。いつか炎に燃やし尽くされて死んでもいい、と言わんばかりに。
自分の奥底にある炎はどうも色が違う。炎ですらないのかもしれない。そのことには柿次郎さんとあって気づかされた。だからこそ走り続ける姿に興味を覚えるし、その炎の色をもっと見てみたいと思う。
ちなみに酔った柿次郎さんからは「袂を分かちたい」と何度も言われている。「早く袂を分かたせてくれ〜〜〜〜」という口調こそ冗談めいていたが、あの目は本気の色をしていた。
(そういえば、最近言われなくなったのが気がかりだ)
ずっと一緒にいることはないのかもしれないが、別れるとしたら仕事において対等に袂を分かちたいと思っている。そこは「親方」と呼び続けることと同じ意地のようなものがある。
ただ、対等に並んだうえできっちり袂を分かつためには、あまりやりすぎられては困るのだ。 少しくらいは気を抜いてくれないと、いつまでたっても追いつけない。
だからこの夏休みはチャンスだといえる。とはいえ、おそらく親方はやってしまうと思うから、あえて言いたい。柿次郎さん、やりすぎないで。